法学入門の「にゅ」(第3回:「法律一般②」~法学部生は普段なにを学んでいるのか~)

 
こんにちは。私です。
 
 
今回は,法律一般②ということで,法学部生という人間はどのような勉強をしているのかについて書いていきたいと思います。
今回の記事の内容を体得した人は,その辺の法学部生よりも法律ができるようになったと言っても過言ではない(!)でしょう(とキッパリ言えたらカッコいいのですが…)。
 
少なくとも,今回の内容を理解している人は,わざわざ法学部で勉強する必要はないと思います。後は,体得したものを使って,有名な先生が書いている入門書なり,概説書なりを独学で読み進めることで,法律を自分のものにできると思います。
今回の記事の内容はすべて赤でマークしたいくらい大切な事柄なので,ゆっくりと噛みしめるように読み進めていただけると嬉しいです。
 
 
…ということで,法学部生は普段どのような勉強をしているのでしょうか。
 
その答えを先出しすると,次の①〜④を,法学部生は一生懸命学んでいます。
 
①法律学のうち,主に法解釈学を学ぶこと*1
②法律には「要件」と「効果」というものが書いてあるのですが,これらを「解釈」すること
③「解釈」の手法にはいくつかの方法があるので,これを学ぶこと
④「解釈」した法律の条文を,生の事件(事実の集合体)に「適用」し,事件を「要件」「効果」にしたがって解決する方法を学ぶこと(これをあてはめ」といいます。実際は,現実世界で発生した訴訟事件に対して,裁判所がどのように法律を「あてはめ」て判決をくだしたのかについて学んでいます*2。)
 
 
以下,ある【事件】を交えて詳しく書いていきたいと思います。
 
【事件】
買主Cさんは,駅前で理髪店を開くために,地主である売主Dさんと甲土地の売買契約を締結しました。その際に,Cさんは,Dさんに手付金を交付し,土地の代金は後日支払うことにしました。その後,Cさんは土地代を用意するために銀行からお金を借りて手元に置いていつでも支払いができるように準備をしました。しかし,その後,代金支払期日がくる前に,他に安くていい乙土地が見つかったため,CさんはDさんとの契約を民法557条1項に基づき解除して,乙土地の購入を検討したいと考えるに至りました。
 
【問い】
CさんはDさんとの売買契約を解除することができるでしょうか。
 
参考:民法557条1項「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。」
 
 
①法解釈学について
 
法律は,強制力*3をもったルールであり,社会をよりよくするための1つの手段です。そして,法律は,現実の事件に適用され,法律に書かれている条文の文言に当てはまれば,その価値判断は強制的に実現されます。
 
法解釈学は,「既に法律があることを前提として社会をよりよいものにするために,法律に書いてある言葉が何を意味するのかを研究するもの」です。
法解釈学は,その条文がどの範囲の事件までをカバーしているのか,その守備範囲を画定する作業です。そして,解釈は,目の前の事件がその条文の適用を受けるのか受けないのかを「あてはめ」るための前提となる重要な作業です。
 
法学部生は,この法解釈学を主に勉強し,与えられた事例において問題となる条文をあはめて一定の結論を出すという作業*4を日々繰り返しています。
 
 
私が法学部生をやっていた頃,よく友人に「法学部は六法に書いてあることを暗記するの?大変だねぇ。」と言われました(法学部生あるある)。
 
 
先に書いた法解釈学の一応の定義を読んだみなさんは,もちろん答えは分かってくれていると思います。
 
 
答えは「否」です。
 
 
当時の私(3,4年生の頃)は「こんなの(六法)を暗記しても意味ないでしょ。(六法に)書いてあるんだから笑。」とテキトーに返していました(おい)。
法解釈学は,法律に書いてある言葉(条文の文言といいます)が存在することを前提にそれが真に何を意味するのかを考える学問だからです。
 
条文を丸暗記するのではなく,六法を見てその条文の文言と睨めっこをしながら,条文の守備範囲を画定するのが法解釈学です*5
 
 
 
②条文の要件・効果について
 
法解釈学は条文の守備範囲を画定することを研究する学問です。その研究の対象である条文は,「要件」と「効果」*6に分けることができます。
 
「要件」とは,ある条文の効果が発生するために必要な条件*7を指します。
 
「効果」とは,法律が予定している一定の価値判断を指します。効果は,基本的に,権利・義務が発生・変動・消滅するという形であらわれます。
 
第1回の投稿で,法律は国会が強制力を持たせた方がよいと考えた価値判断である旨述べましたが,効果はその価値判断であり,要件はその価値判断の強制力が発動するための条件です。
 
例えば,民法557条1項は,「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。」と規定していますが,これも要件と効果に分けることができます。
 
[要件]
民法557条1項の要件は,「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して*8」です。
 
[効果]
民法557条1項の効果は,「(売主又は買主は)契約の解除をすることができる。」です。
 
 
つまり,売買契約において買主が売主に手付を交付している場合に,売主又は買主は,当事者の一方が履行に着手するまでは,手付金分の損失*9をあえて受けて,民法557条1項の「要件」を満たし,契約の解除権をゲットするという「効果」が発生するのです*10
 
 
 
③法解釈の手法について
 
法解釈の手法はいくつかありますが,⑴文理解釈と⑵目的論的解釈が重要です*11
 
文理解釈とは,通常の文法に従った解釈をいいます。
要は,条文に書いていあることそのまま捉えるので,立法府の判断を尊重しているともいえます。ただ,これは条文の文言をそのまま鵜呑みにしているので,解釈の放棄であるとの批判もあり得るところです。
 
目的論的解釈とは,立法目的や制度の意図を考慮した解釈をいいます。
要は,「なぜ」その条文が規定されたのかこれを条文の趣旨といいます)を探求してその条文の趣旨に沿った解釈をするものであるといえます。
 
 
通常,条文解釈は,まず文言解釈を行い,このままでは不当な結論を導いてしまう場合に目的論的解釈がされます*12
 
 
【事件】において,買主であるCさんは,売主であるDさんに交付した手付金を放棄してでも,Dさんとの契約を解除して,新たに乙土地を購入した方が得であると判断したのだと思います*13
 
そこで,「当事者の一方」であるCさんは,既に銀行から甲土地代の支払いにあてるお金を銀行からかりているため,「契約の履行に着手」しているとされて,契約を解除できないのでしょうか(民法557条1項)。ここで,「当事者の一方」・「契約の履行に着手」という条文の文言の守備範囲が問題となります。
 
ここで,文理解釈をすれば,Cさんは「当事者の一方」であり,「契約の履行に着手」したといえてしまいそうです。
 
 
しかし,この結論は不当なような気がするのではないでしょうか。なぜなら,お金を借りているのは解除しようとしているCさんであり,Cさんは,そもそもお金を借りるのに要した費用(銀行までの移動費や,銀行からお金を借りることによって生じた利息など)が無駄になったとしても構わない,そこまでしてでも乙土地を購入した方が得であるとの価値判断をもって,契約を解除したいと考えているからです。また,Dさんは,何ら契約の履行のための準備(甲土地を整備したり,測量したりするなど)をしていないので,Dさんには何ら不足の損害が生じないからです。
 
 
そこで,目的論的解釈をすることになります。
 
民法557条1項がなぜ規定されたのか,つまり,民法557条1項の趣旨は,当事者が履行に着手した場合に,その相手方当事者が手付を放棄して解除をすることを許すと,履行に着手した分の費用が無になってしまうという不測の損害を被ってしまうので,このような事態を防止することにあると考えられます。つまり,履行に着手した側の当事者を保護するために,その相手方の解除権を制限する規定なのです。
 
 
そうであるとすれば,「当事者の一方」とは解除する当事者の相手方」を意味すると解することになります*14
 
 
また,民法557条1項の趣旨を履行に着手した相手方を保護することにあるとすると,他方の当事者の解除権を制限するというためには,客観的にみて,保護に値する程度に履行に着手している必要があるでしょう*15
 
 
④あてはめについて
 
あてはめとは,⑴法律を解釈し,⑵生の事件がその法律の守備範囲に含まれるのか「あてはめ」てみたうえで,⑶結論を出す,ことを指すことは既に述べました
 
このように,「あてはめ」は,常に例外なく,この⑴〜⑶のステップを辿ります。これを,法的三段論法といいます。
 
 
法的三段論法とは,「適用されるべき法規範を大前提、具体的事実を小前提とし、法規範に事実をあてはめて結論を導き出す過程」をいいます*16
 
 
図式的にいうと…
 
 
A=要件(大前提),B=具体的事実(小前提),C=効果(結論),とした場合に
 
「AはCである」と規定する法律に,「BはAである(でない)」という具体的事実をあてはめて
 
「CはBである(でない)」との結論(効果)を導くのです。
 
 
くだらない例えですが,CMで「可愛いは作れる!」と宣伝するものがありました。これを大前提とします。
また,一方で「子どもは可愛い」という具体的事実が現に存在するとします。これを「あてはめ」てみると…
 
「子どもは作れる!」という結論が導き出されます。書いていることは意味不明ですが,これもまた,A=C,B=A ⇒ B=C,というプロセスをしっかり辿っているため,正しい法的三段論法です(棒読み)。
 
 
 
…と,こんな具合で,ある事件に法律を適用して結論を出す場合に,人は無意識のうちに法的三段論法という思考過程を踏んでいます。
 
要は,ある事例が条文の文言(解釈後の守備範囲)に当てはまれば法律を適用することができるので法律に書いてある通りになるという結論がでるし,これに対して,ある事例が条文の文言(解釈後の守備範囲)に当てはまらなければ法律を適用することができないので法律に書いてある通りにはならないという結論がでます。
 
簡単だと思いませんか?法学部生は毎日の授業でこんなことを勉強しているのですね。これだけです。でも,すごく重要なことなので,覚えておいてくださいね(まだ土下座をしている)。
 
 
 
例えば,先の【事件】が「具体的事実」,つまり,小前提です。
 
また,民法557条1項は,「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。」と規定しています。
これが「適用されるべき法規範」,つまり,大前提です。
 
 
前述した通り,法解釈は法的三段論法のうちの大前提を確定する作業です。大前提については,先の③において,民法557条1項の趣旨に遡ったうえで目的論的解釈をしたので,その守備範囲は画定済みです。
 
 
では,画定された大前提である民法557条1項に,小前提である【事件】をあてはめて,法的三段論法により結論を出してみましょう。
 
まず,「履行に着手」とは「客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし,又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合」を意味します。
【事件】において,Cさんは土地代を用意するために銀行からお金を借りて手元に置いていつでも支払いができるように準備をしています。土地代準備のためにわざわざ銀行にお金を借りに行っているのですから,これは客観的に外部からみて履行の提供をするために欠くことのできない前提行為(履行に着手)にあたるともいえます。
これに対して,外部からCさんの行動を観察してわかることは,単にお金を借りているといことだけで,その目的は客観的にはわからないので*17客観的に外部からみて履行の提供をするために欠くことのできない前提行為(履行に着手)にはあたらないともいえます。
 
 
法解釈により大前提の守備範囲を画定したはずですが,やはり言葉は幅のある概念であるので人の考え方が入り込む余地を残しています。これは,言葉の宿命ですので,仕方がありません*18
 
 
仮に,「履行に着手」にあたるとしても「当事者の一方」とは,「解除する当事者の相手方」を意味する以上,【事件】では履行に着手したCさん自らが解除をするので,Cさんは相手方ではありませんので*19不測の損害を被るとはいえません。Cさんは,手付金分の損失を受けてでも契約を解除して乙土地を購入した方が得であると考えているからです。
 
 
結局,【事件】においては,「当事者の一方が契約の履行に着手するまで」にあたらないので,民法557条1項の適用があり,Cさんが手付を放棄すれば,Cさんは契約を解除することができます。
要するに,大前提である,①買主が売主に手付を交付したこと,②当事者の一方が契約の履行に着手していないこと,③買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還すること,という民法557条1項の要件に,小前提である【事件】の具体的事実があてはまるので,Cには解除権が発生し,これを行使することでDさんとの契約を解除することができるという結論を,法的三段論法により導くことができるのです*20
 
 
 
…いやー,ま〜た長くなってしまいました。ブログって難しいですね(開き直り)。
読ませるブログを書くためには,短かく,かつ,ポイントを突くことが重要であるとわかってはいるのですが。。
今回の内容は,いきなり初学者の方にマスターせよという注文は難しいかもしれませんが,一発でわかる必要はありません。実際,本稿のような内容を理解している法学部生はあまりいないと思います。
私も学部時代に法学入門という授業でこのようなことを学びましたが,サッパリわかりませんでした(おい)。3年生の頃に本を読んでようやく理解した程度です。
私の学部では法学入門という講義の1コマのみであっさりふれられただけでした。本来であれば,3コマくらいかけてじっくり講義すべき超重要事項であると私は考えています。
 
最後まで読んでいただいた方には感謝申し上げます。
___________________________________________________

*1:法律学とは,法律を研究対象とする学問ですが,これを大きく2つに分けると,立法学と法解釈学に分けることができます。立法学とは,「社会をよりよくするために,どのような法律をつくるのがよいかを研究するもの」です。第1回で,道徳は国会により法律化される旨を書きましたが,立法学は道徳の中からいくつかの価値判断を選び出し,法律として強制力をもたせるというプロセスをその研究対象としています。立法学は,社会をよりよくするために,どのような価値判断を法律化すべきなのか,選び出した価値判断を適切に法律化するにはどのような手順を踏むべきなのか,を考えるものです。本稿では,立法学については割愛させていただきます。

*2:このように,実際の訴訟事件について裁判所が審理・判断した内容を「裁判例といいます。特に,最高裁判所が下した裁判例のことを判例と呼びます。

*3:強制力については第1回で検討しました。

*4:この作業をするに際して,法的三段論法という手順を踏む必要があるのですが,これについては④で説明します。

*5:条文解釈の手法については③で具体例をあげつつ検討します。

*6:で後述するように,条文を構成する要素である要件と効果は,法的三段論法における大前提にあたります。

*7:なぜ条件ではなく,「要件」という言葉を使うのかというと,「条件」という別の法律用語があるからです。要件は日常用語でいう条件と同じ意味で捉えて差し支えありませんが,実際に勉強を進めていく際に法律用語として使われる条件と混同しないように注意してください。

*8:民法557条1項の要件をさらに細分化すると,①買主が売主に手付を交付したこと,②当事者の一方が契約の履行に着手していないこと,③買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還すること,となります。

*9:売主は倍額を償還するとありますが,すでに手付の交付を受けているので,被る損失は手付金分であることに変わりありません。

*10:民法557条は,なぜ,手付分の代償を払えば解除できるという価値判断を採用したのでしょうか。法律は社会をよりよくするための手段であることは前述しました。もちろん,民法も法律です。そこで,民法は社会をよりよくするために,①人々の公平を図りつつ,②人々の経済活動を活発にさせることを念頭に規定されています。民法557条の根底にある価値判断は,「いったん契約をした以上は,原則としてこれを守らなければならないが,当事者間で手付が交付された場合には,当事者がその契約よりも好条件な契約を見つけたときは,例外的に,解除をし,より好条件の契約を結ぶことができる制度を設けることで,人々がよりよい契約を求めて活発に経済活動をするよう促すこと」にあると考えられます。

*11:他にも解釈手法もいくつかあげておきます。拡大解釈(拡張解釈)・縮小解釈…通俗的には言葉の意味を拡大ないし縮小する解釈/類推解釈…言葉の意味に含まれないものに、類似性を理由として法を適用すること/勿論(もちろん)解釈…小さなものが許されているのだから、より大きなものはもちろん許されている」とか「大きなものが禁止されている以上、より小さなものは当然禁止されている」というような解釈/体系的解釈…法の体系性を参照しつつ解釈するもの。

*12:先に上げた通り,解釈手法には種々の手法がありますが,目的論的解釈をした結果,解釈後の条文の文言が,拡大なり縮小なり,勿論なり体系的なり解釈された場合のいづれかと同様の結果となります。この意味で,目的論的解釈は文理解釈以外のすべての解釈手法とつながるところがあります。目的論的解釈こそが法解釈であるといっても過言ではありません。

*13:CさんがこのままDさんとの契約を無視してしまうと甲土地代を支払うという債務の不履行として,Dさんから代金支払請求と損害賠償請求がされてしまうので,Cさんとしては契約を解除して契約をなかったことにしたいのです

*14:最高最判所昭和40年11月24日大法廷判決民集19巻8号2019頁も同様の解釈をしています。

*15:前掲最高最判所昭和40年11月24日大法廷判決民集19巻8号2019頁は,「履行に着手」の意味するところを「客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし,又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合」であると解釈しています。

*16:法的三段論法は法律を学ぶにあたって,非常に重要な概念であるのでシッカリと覚えてください(土下座)

*17:例えば,Cさんが銀行からお金を借りたのは,娘さんの結婚式の費用を賄うためかもわかりません(イイハナシダナー。

*18:権威ある最高裁判所が示した解釈という同じ基準を使っても,使う人によって結論が異なりうるのです。ここに人の個性や価値観がはっきりあらわれるということが,法律の勉強で一番面白いところであると私は考えています

*19:Cさんの相手方は,いうまでもなくDさんです。仮に,【事件】がDさんが手付金を倍返しすることで契約を解除するというものであったならば,Cさんはまさに相手方にあたります。

*20:なお,法解釈の対象のほとんどが要件解釈ですが,効果も解釈の対象になります。例えば,解除の効果についても争いがあります。